
☮ Posted by Kota Ishizaki2013.6.6
名店。人気の店、有名な店、行列が出来る店、そして歴史のある店。
名店の形はさまざまです。
この「名店手帖」ではそんな名店も、それとは違った形の名店も、
今後名店になりそうな予感のする魅力的な名店(未来の名店)もたくさんご紹介していきます。
ゆるやかな時間とは別の、もう1つの魅力
第二回目で訪れた場所は神奈川県鎌倉市。
目的地の最寄り駅、北鎌倉駅を降り、駅に沿った車道を5分ほど歩く。
ぽつんと小さな看板が現れ、それが今回ご紹介する「喫茶ミンカ」の目印です。
矢印の方向を向くと、そこには生い茂った草木に囲まれた一軒の古民家が。
入り口にはいくつかの看板があり、その中でも小さな箱に目が留まります。
中には古本が一冊入っています。
本には目次があり、こう書かれています。
おいしい珈琲
からだにやさしいお茶
素朴な食事
土と草花
古い本と紙もの
ゆるやかな時間
店内に入るとそこはまさに目次に書かれていた通りの空間が広がります。
そこはまるで、そこだけ時間がゆっくり流れているような、懐かしい時代にタイムスリップしたような。




居心地の良い空間。ディスプレイされた古道具、アンティークの置物、オブジェたち。
入り口には古いショーケースがあります。そのショーケースの中にある本や紙ものたち。

中を覗くと、1点1点、どれも魅力的なものたちばかりが並べられていて、
このカフェが他のカフェと違うことにすぐ気付きます。

トランプ、函、ノートなど味のある紙ものたちディスプレイされている。
様々な本との出合い
奥のコーナーには本棚があります。
文庫本で並んでいるヘミング・ウェイ、へルマン・ヘッセ、サン・テグジュペリ、宮沢賢治などからボリス・ヴィアン全集、舟越桂、ピナ・バウシュ、レイ・ブラッドベリ、ロベール・クートラスなどの本たち。
絵本はレオ・レオニ、モーリス・センダック、100万回生きたねこ、など。
購入出来るわけでもなく、古本カフェでないのに、様々な本たちが並んでいます。
「これらの本は私の本好きから揃えている本たちで、そこに気付いてくれたなんて嬉しいです。このお店、取材はたまに頂くのですが、本についての視点からは初めてです。とても嬉しいです(笑)」
そう話すのは店主の川端美香さん。川端さんはこのカフェをやる以前はDTPデザインの仕事をしていたということです。
本のことについて話をしていると、キッチンの奥からたくさんの本を持ってきてくれました。

左上より時計回りに、仙台市のカフェ「ノワイヨ」が発行している小冊子「SOLEIL et LUNE」、ヒロイヨミ社の刊行物「ヒロイヨミ 7号」、製本作家・都筑晶絵さんとブックデザイナー・山元伸子さんによるリトルプレスレーベルananas pressによる「Sincerely yours,」同じくananas pressによるラフなドローイングを集めた「Scribble」。

動物や虫が様々な表情を見せる、後藤慎二さんの自費出版本「福吹 Fuku Fuku」、山羊の木が制作し、海岸印刷が印刷を行ったカード式作品集「夜灯集」、台北市のグラフィックデザイナー黄永松さんの「手打中國結 漢聲雑誌No.69」は1994年出版の貴重な一冊。
これらの本は喫茶ミンカがオープンして最初の1年間ほど、実際にお店で販売していた本たちです。
2009年6月19日にオープンした喫茶ミンカ。
この日は太宰治の誕生日でもあり、自殺した太宰治の遺体が見つかった日。
この日は太宰を偲ぶ「桜桃忌(おうとうき)」と呼ばれています。「桜桃」は太宰の最後の短編小説の名前からきているものです。
「私は10代の頃から、文学が好きな、いわゆる文学少女でした。本は身近なもので、ずっと好きでした。純粋に好きだった、それだけですね。もちろん今もそれは変わっていません。」

店内に入ってすぐの正面の壁には、川端さんが装丁の美しさから選んだ古本たちが並んでいる。
「なぜこの場所にこういったお店を出したのか、実は全て自然な流れで、意識してお店を作ったわけではありません。自分がお店をやるなんて考えてもいなかったです(笑)。以前は住まいが新宿だったのですが、10年以上も前に鎌倉に引っ越してきました。その流れから、場所が鎌倉になりました。この場所は喫茶ミンカの前は普通の住居だったのですが、たまたまこの場所を使えることになって、改装を行い、『喫茶ミンカ』としてオープンさせました。」
自然な流れでオープンとなった喫茶ミンカ。
しかし本屋でなく、カフェなのはなぜでしょう。
川端さんには憧れのお店があったようです。
「もう無くなってしまったのですが、京都市左京区にあった喫茶店「ホワイトハウス」が大好きでした。住宅地の中にぽつんとあって、老夫妻がいつも変わらない佇まいで迎えてくれる。
いつ行っても空いていて、ゆっくり本が読めました(笑)。」
「昔の喫茶店には、必ず新聞やマンガがありましたよね。珈琲でくつろぐ人のまわりに、気取らずに自然に本がある。そんなお店にしたかった。だから、おあばちゃんになっても、続けられるように「カフェ」ではなく、「喫茶」。「カフェ」だとなんだか恥ずかしいから。(笑)。」


「2009年にオープンしたときに、店内の1コーナーにリトルプレスのコーナーを作りました。私が純粋に良いと思った、自費出版のものが中心です。それと店内にある1部屋には京都の「三角波(SANKAKUHA)」さんに選んでもらった古道具を販売していた部屋もありました。残念ながら、現在は2つともありません。現在リトルプレスがあったコーナーには、お店でたまにイベントをしてくれているミュージシャン・青木隼人さんのCD、型染め作家・関美穂子さんのステンシルカードなどの紙もの、ツバメ活版堂さんの印刷物などを販売しています。古道具部屋の方は少しでも席を作ろうとお客様用のテーブルとしました。のんびりやろうと思っていたお店なのですが、あるときは行列が出来てしまうほどになり、少しでも席があるスペースを作ろうと思い…。ただ、今も少ないスペースの中で、古道具や紙物の販売も、地味に続けています。」

以前リトルプレスを販売していたコーナー。
リトルプレスコーナーも古道具部屋も、お店を営業していく上でどうしても辞めざるを得なかったようです。
「現在は本の販売コーナーはありませんが、ちょっとした本棚はあります。私の蔵書でコーナーを作っているのですが、寄贈して下さる方もたまにいらっしゃって、本当に嬉しいです。絵本がちょっとだけあるのですが、このお店はなぜか子どもに人気で、小さなお子さんたちにも本を読んでほしいと思い、本を選びました。それらも私の蔵書からのものです。」
川端さんの蔵書と寄贈された本で出来た本のコーナー。
そこからお気に入りの5冊を選んで頂きました。

『黄色い本 ジャック・チボーという名の友人』高野文子
『ボタン』作:サラ・ファネリ、訳:穂村弘
『人間はどこまで動物か』日高敏隆
『幸福な王子』作:オスカー・ワイルド、訳:西村孝次
『平行植物』作:レオ・レオーニ、訳:宮本淳
「たくさんあるので、5冊は難しいですね(笑)。でも今の気分で選んでみました。この中でも『ボタン』は特に思い出に残っていて、以前知り合いにあげてしまった本なのですが、どうしてもお店に置きたくて「やっぱり返して」とお願いしたエピソードがあります(笑)。結局、友人からは返してもらうことができなかったのですが、鎌倉のブックスモブロさんにお願いして探してもらいました。もう一度手にすることが出来て嬉しいです(笑)」
選んで頂いた5冊も本好きなら思わずうなってしまうようなセレクト。本当に本が好きな川端さん。本屋ではなく、この「喫茶ミンカ」をオープンさせたわけですが、貸本屋をやってみたいという夢もあるようです。オープンのときも貸本をやるか考えたとか。
川端さんが選んだ本が並ぶ貸本屋、非常に気になります。
本を読んでいる人が好き
「本はもちろん好きですが、”本を読んでいる人”が好きです。本を開いて、集中して読んでいる人たちの姿が。そういった光景をたまにこの喫茶ミンカで見るときがあるのですが、その光景は本当に幸せを感じる瞬間ですね。」
どこまでもゆっくりと時間が流れているこの空間は、川端さんが無意識のうちに作り出した、読書をするための空間なのかもしれません。
ブックカフェや古本カフェと名乗らず、でも、本が好き。
そのぐらいの感覚がちょうど良いという川端さん。
実は僕にもそういう感覚があって、なのですごくわかります、その感覚。
毎日のように新しい本が入ってくるわけではないけれど、近いうちにまた行きたいと思います。
目的はもちろん、読みかけの本と、おいしい珈琲を楽しむために。
「喫茶ミンカ」
〒247-0062
神奈川県鎌倉市山ノ内377-2
定休日:木・金曜日
営業時間:11:30~17:30
※今回、お店のメニューには触れませんでしたが、ナポリタン、自家製プリン、チーズケーキ、
水出しアイスコーヒーなど、どれもオススメです。
_________________________________________________________________________
Profile
石崎孝多 / Kouta Ishizaki
1983年生まれ。フリーペーパー専門店「Only Free Paper」元代表。
Amazonにない本を紹介するnomazonを始め、「五感書店」「朝まで本屋さん!」など本の企画、
その他、執筆、選書、店舗のディレクションなどを行っている。
クリエイティブ情報発信のプラットフォーム「ART AND MORE」キュレーター。
_________________________________________________________________________
Writer:Kouta Ishizaki
Editor:Atsushi Shimizu
Photo:Shingo Hayashida
Logo:Yuuki Nishimura(NiHo)

© ART AND MORE